ポジティブな動機
「何のために戦おうとも動機は愛がいい」
藤井風さんの「きらり」の歌詞です。
動機って大事ですよね。
愛というか、私の場合は「そこにネガティブな理由が潜んでいないか」を観察するようにしています。
現状に対して「あぁもうウンザリだ」と感じるのは悪いことではないですが、
「今の状態から逃げ出したくて行動する」というあり方はやめたいなと思っています。
たとえば仕事を辞めたいと思う時「こんな会社はやく抜け出したい」という不満ベースで転職を考えるのと、自分にとって理想的な仕事にワクワクして転職を考えるのとでは結果は180度変わると思うんです。
現状が不満だから行動する場合、理由はネガティブですよね。
未来にワクワクするから行動する場合、理由はポジティブです。
「これじゃない」「ここじゃない」という、今を否定する感覚。
もっと変わらなくてはダメだという感覚。
これ、私はよく感じるんです。
それが悪いわけではないけれど、それを動機に行動するのは自分の中では何か違うなと感じています。
「変化」には「継続する」という性質があって、形は変われど完成することはないように思うからです。
欲望にはキリがないとよく言われますが、現状を変えたい、自分を変えたいと思うのもそれと似てるなと最近感じます。
足るを知るというか、今の自分もOKだと感じられることなんですよね。
最近そんなことがようやく腑に落ちてきて、自分の中で「もっとこうならなくては」という感覚が出てきたらそれに気付くようにしています。
そうすると自分の中に「もっと良くならなければ」という、いわゆる自己否定の思いがいっぱいあることに気がつきます。
もちろん、その状態にダメ出ししてしまうとそれも自分に「変化」を強いてることになるので(悪循環ですね)、全部含めてダメ出ししないように気をつけています。
私を通して全てが生まれてくるとしたら、ネガティブな理由から行動するのはネガティブしか生まない。
だとしたら今のままじゃダメだ、なんとかしなきゃ、という自己否定は手放していきたいところ。
変えようとするとそれは継続して拡大していくから。
いっぱいある焦りも不安も不足感も、
変えない。
消そうとしない。
いじくりまわさない。
ただ、あることを認める。
そこに静かに置いておく。
まるで体中に張り巡らされているかのように感じていたネガティブな感覚が、ただの目の前の置き物のように感じられるようになるまで、ただそこに置いておく。
フタをしないで、無理やり押し込めないで、ただあるものがあるとして認める。
そうすると不思議と感じなくなってくるんです。
ジタバタ抵抗するような行動から、リラックスモードに入るのです。
恐れや不安のない、軽やかで、自由で、愛があふれる、自分に一致した人生。
想像するだけで幸せで嬉しくなりますよね。
「想像するだけで嬉しくなる」
そこに向かって、それを動機に行動していきたい。
「現状を良くしたい」と「想像するだけで嬉しくなる」
この2つは微妙な違いかもしれませんが、自分の感覚としてわかると思うのです。
ポジティブな動機のときは「きらり」と光る感覚が自分の中に生まれているから。
私にとって、とても大事なこと。
あらゆる選択をしていく中で、なにかヒントになれば幸いです。